加齢と大脳皮質による制御

歳をとってくると,大脳皮質の制御がきかなることを,身をもって経験しています.

スキャモンの発育曲線の神経系をみると,4歳くらいで8割くらいは成熟します.残念ながらスキャモンの発育曲線に20歳以降の表現はありません.きっと神経系を人生全体で表現すると奈良の若草山のようになだらかに上昇し,加齢とともになだらかに下降し,67歳の私は6割くらいだとすると3歳児と同等かもしれません.

 

皆さんご存知の通り,随意運動をつかさどる神経は上位運動ニューロンと下位運動ニューロンに分かれます.皮質脊髄路とか錐体路と呼ばれ,大脳皮質の運動野から脊髄を経て,骨格筋に至る伝導路のことです.上位運動ニューロンが障害を受けると,筋肉からの求心性線維と下位運動ニューロンとで作られる反射弓が作動して反射の亢進が起こります.乳児はバビンスキー反射が出ますが,これは皮質脊髄路の未熟性からくるものです.また,皮質核路といって,皮質から脳幹までの上位運動ニューロンもあって,乳児期早期はその未熟性によって非対称性緊張性頚反射がおこります.成人が脳損傷を引き起こすとこれらの反射が病的反射として出現します.きっと加齢によっても出るようになる気がします.ネットをみると加齢によりバビンスキー反射が出るという記載がありました.乳児期に原始反射と呼ばれるようなものは,皮質路の成熟により消失していきます.

 

私の専門の尿路について考えてみます.膀胱排尿筋と尿道括約筋は協調して作動します.生理的な膀胱排尿筋と尿道括約筋(括約筋群の一部)の組み合わせを理解してみましょう.
 蓄尿相:膀胱排尿筋の弛緩 + 尿道括約筋の収縮
 排尿相:膀胱排尿筋の収縮 + 尿道括約筋の弛緩

この2種類の組み合わせしかありません.これ以外の状況は排尿筋括約筋協調不全です.

排尿も上記の錐体路とよく似ていています.膀胱圧受容体からの求心路と,排尿筋や括約筋への遠心路が反射弓を作っています.そしてそれを皮質が制御しています.乳児に原始反射があるように,赤ちゃんは意識下に皮質とのやり取りなく反射弓を利用して排尿します.これを“赤ちゃん膀胱”と名付けましょう.皮質の制御の成熟が起こると“成人膀胱”となって,意識して排尿するようになります.この“赤ちゃん膀胱”から“成人膀胱”への成熟の完成は,定型的な発達の子では3~4歳と言われています.これがトイレットトレーニングを慌ててはいけない理由です.“赤ちゃん膀胱”からの成熟が長引いてしまうと“過活動膀胱”と呼び,頻尿や昼間尿失禁が起こります.この成熟の遅れの理由にはいろいろありますが,もちろん非定型的な発達もあり,便秘(このブログのBBDの項を見てください)があり,厳しいトイレトレーニングがあり,愛着障害があります.ところで,テレビのコマーシャルで,過活動膀胱の治療薬についてやっていますが,これは加齢によるものです.加齢によって大脳皮質の制御が衰えて“赤ちゃん膀胱”に還っていくわけですね.僕も3歳児程度だとしたらそろそろです.

 

次に,自分の人生2番目の専門領域である発達障害についてです.発達障害についてはこのブログの“子育てについて”にも書きましたが,この病態を理解するためのキーワードの一つが“不安・恐怖”です.不安や恐怖、それに対する体の反応を起こす中枢は「扁桃体」と考えられています.この反射弓を制御するのは前頭前野と言われています.皮質脊髄路,皮質核路や,排尿のコントロールによく似てますよね.彼らのパニック行動(逃げる,固まる,闘う)を理解するのに重要なのは,悪意はなく反射で行動しているということです.このことについて両親をはじめとして周囲が理解してあげることが,環境整備のスタートです.これらは動物として生き残るために必要な機能ですが,人間にはあまり必要がなくなっています.ところでこのパニック行動は定型的な発達の小児でもよく見かけます.おそらく前頭前野扁桃体に対する制御は年齢とともに成熟していきます.発達障害の子供たちのパニック行動も年齢が上がってくると少なくなります.しかし,これまでの例と同じように,発達障害の質を持つ人たちが歳をとるとパニック行動が増えていくことが想像できます.これらが精神科領域でどのように診断されているのかは興味深いですね.

 

ここからは番外です.ここからの発言も歳をとったからできることですね.

「日本の慢性腎臓病(CKD)罹患率は成人全体で8人に1人」とテレビでもコマーシャルしています.私は67歳で,eGFRは60ml/min/1.73m2を切るか切らないかで,この8人に1人に入りかけています.60を切ると他に異常がなくてもCKDの仲間入りです.私がCKD活動を始めたのは2006年ころからですが,2010年ころの日本腎臓学会のシンポジウムの時でした.シンポジストとして内科の先生たちに質問したのは,「実は新生児期から乳児期早期は腎機能の未熟さのために生理的CKDです.70歳台になると2人に1人がeGFR60未満となってCKDです.この人たちのGFRの低下はdiseaseではなくてagingなのではないですか.8人に1人というのはおかしくないですか?」と発言したことがあり,社会的キャンペーンであることを無視して発言したことで会場の雰囲気が白けたのに気づき話題を変えたことがあります.今でもおかしいと思っていますが,以後は公式の場では発言していません.加齢は病気ではありません.病気は不幸ですが,加齢は不幸ではありません.加齢を受け入れて残りの人生を生きようと思います.そして,反射的な行動により老害とならないように衰えた大脳皮質を使って努力しようと思います.