自分を“だいじ”に思える

ありのままの自分とは何か、きっと生まれた時に決まっているいろいろな質のことです。成人した時の顔立ちだって、成人した時の身長だって、敏感か鈍感かだって、おっちょこちょいか慎重かだって、認知が視覚優位か聴覚優位かだって、いろんな質が生まれた時に既に決まっています。これらは変えることはできないし、またある視点からは短所であっても別の視点からは長所になります。

 

自尊感情について説明します。これには深層の自尊感情と表層の自尊感情の2種類があります。幼児期に育つのは親とのやり取りによる深層の自尊感情です。親が子どもに対して“何があってもあなたを守るよ”、“あなたは唯一無二の存在でだいじに思ってるよ”と態度で伝えることで形成されるものです。対してその後の人生で成功体験によって得るのは表層の自尊感情で、すぐにはがれるものです。入試に成功しても失敗しても、入試の前の自分自身と何も変わっていないのに自分の価値が変化したように感じるというのが表層の自尊感情です。彼女ができたら高まり失恋したら下がるのがそれです。深層の自尊感情を育てることが、成人してから生まれ持っての質(ありのままの自分)を受け入れて、しなやかに生きていけるコツであり、幼児期の母親(敢えて母親)の役割の大部分でもあります。「三つ子の魂百まで」です。

ずっと小児科医をやってきて、幼児期の子どもたちを診る場合に、殆どお母さんと話をしてきました。だから母親の役割の重要性を痛いほど知っているはずですが、最近さらに強くそう思うようになりました。子どもたちを育てるときに母親がSOC(首尾一貫感覚)を持ち続ける…つまり精神的・社会的に健全であり続けることは非常に重要です。反射的に不適切な行為を繰り返す子どもに対してイラつき、母親は健全な心を保つことが難しいです。悪循環を断ち切るには母親のケアが子どもよりずっとずっと重要です。

 

子どもに対して“何があってもあなたを守るよ”、“あなたは唯一無二の存在でだいじに思ってるよ”と伝えているものが“愛”だとしたら、ヒトはどのように愛を感じているのか考えてみましょう。例えば私が診療している発達障害児や重症心身障害児者が周囲から受ける愛情を正しく受け取れているのでしょうか。

マクリーンは「脳の三位一体説」を唱えました。「ヒトの脳は、①爬虫類脳(反射脳)、②哺乳類原脳(情動脳)、③新哺乳類脳(理性脳)の3つの階層からなる」というもので、連続性を持った進化の考え方を無視したものであるですが、実際の機能から考えると妥当な考え方のように思えます。①は主に脊髄、脳幹部などがそれにあたるのでしょう。②は間脳、大脳基底核大脳辺縁系扁桃体など)がそれにあたります。③はいわゆる大脳皮質でしょう。E.ヘッケルは「生物発生原則」を唱えました。「個体発生は系統発生が短縮され,かつ急速に反復されるものであり,またこの反復は遺伝と適応の生理的機能によって規制される」というものです。この二つの説を繋げば、これまでどのように進化してヒトにたどり着いたかの理解に近づくでしょうか。

「愛とは何か」という禅問答は③の理性脳(大脳皮質)を利用しなければいけませんが、「愛を感じる」というのはずっとずっと原始的で内側視索前野という②の間脳の一部で行っている可能性が高いです。子どもを抱きしめたり、親に抱きしめられたり、ペットを抱きしめたり、きっと抱きしめられたペットも感じる感覚で、理屈ではなく幸せを感じますよね。これは少なくとも哺乳類が生きていくためには必須の感覚です。目の見えないカンガルーの赤ちゃんは総排泄腔から出ると、母親が舐めた道を通って育児嚢に進み乳首を見つけて吸い付くようです。カンガルーにとって嗅覚は非常に重要なのでしょうね。乳首を吸われた母親は愛情を内側視索前野で感じ視床下部下垂体系を介してオキシトシン(幸せホルモン)を分泌し、乳は絞られ幸せを感じます。もしも愛情を感じる中枢が壊れているような疾患があると赤ん坊は生きていけません。愛情の中枢は、体温中枢や食欲中枢同様に哺乳類原脳(情動脳)にあって、哺乳類の生存に必須の場所なのだと思います。そしてオキシトシン前頭前野を育て、育った前頭前野は理性で不安の中枢で不適切な反射的行為を引き起こす扁桃体をコントロールできるようになります。プーチン大統領の育っていない部分です。

発達障害児は認知機能に問題があることが多いですし、重症心身障害児者は強い認知機能の問題がありますが、この障害部位は新哺乳類脳(理性脳)であり哺乳類原脳(情動脳)に異常はないと考えられ、彼らは健常者同様「大切にして欲しい」と感じているのです。だからこそ障害児のケアの視点は子どもだけでなく,同等以上に家族に向けられないといけません。主にケアを子どもに向けるのが医療だとしたら,家族に向けることができるのは福祉であり、医療と福祉の協働が重要です。

 

私は小児発達外来で学齢未満児を中心に診療しています。前述したように、子どもたちの持つ質は変わらないことを実感します,我々の性格が子ども時代と大きく変わらないように。成人して生きていけることを目標に考えると、①読み書き計算ができること、②社会でトラブルを起こさないこと、はもちろん重要ですが、さらに重要なのは③傷つきにくい大人になることだと思います。外来でお母さんに常にお話ししている子育てに最も重要なことは、「傷つけないこと」です。幼児期の子どもたちの不適切な行為は反射的で悪意がなく、殆どは不安や恐怖からくるパニックに起因します。本人に不適切な行為であることは伝えるべきですが、母親として重要なのは彼らが不安や恐怖の中で溺れているということの理解で、決して感情的に叱ってはいけません。そして、子どもに対して“あなたのことを大切に思っている”,“何があってもあなたを守る”と態度で伝えてあげることが非常に重要です。それにより、自分を“だいじ”に思える大人になるのだと思います。

 

最後に、「うちの子のきもちをわかる本」を上梓したので読んでみてくださいね。