ヒトという生き物

ゴールデンウィークの前半は、長男家族(孫3人)と、上村家のルーツである琵琶湖湖北へ旅し、おやじの墓から少し遺骨を盗んできました。近くの墓におふくろと同居させるためです。墓石の後ろに1か所穴がありそこから遺骨を取り出します。本来は役場に届け出るべきなのでしょうが、田舎の親族は“かまわない、かまわない”と言ってくれました。大人の手はなかなか入らず、まだ幼い中一の孫が手を突っ込んで骨壺を出してくれ、昔は土葬だったそうで火葬された骨の入った骨壺はきっとおやじのものに違いないと考えて一部持ち出しました。さらに手を突っ込んだ孫が取り出したのは誰のものかわからない、しかし先祖のものに違いない椎体で、孫の表情が一瞬固まりました。

孫たちと近くの宿泊施設で一泊して、孫たちとグランドゴルフを楽しみ日焼けして戻ってきて、ゴールデンウィークの後半は家でのんびりとしながらヒトが生き物の本質を考えさせてくれた2つの本を読みました(完読ではありませんが…)。1つはブレイディみかこ著の「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」、もう一つはステファン・W・ポージェス著の「ポリヴェーガル理論入門:心身に変革をおこす「安全」と「絆」」でした。感じたことのキーワードは「進化」、「爬虫類脳と新哺乳類脳」、「扁桃体と大脳皮質」、「副交感神経」、「危険と安全」、「傷つけることと大切にすること」だったでしょうか。

私は重症心身障害の医療に携わっているのですが、そこから多様性の尊重が大切であることを教わり、それはsympathy(共感)ではなくempathy(共感力)が重要であることを感じさせ、ヒトが他者と生きる上で大切なことは傷つけないことであると痛感します。コミュニケーションをスムーズに進めるには「傷つけないこと」を意識することが肝です。これは子育てにも共通する部分です。

ヒトには2つの自分がいます。1つは意識下に環境中の危険を察知し身体的に反応する(防衛反応)反射的な自分で、爬虫類は主にこの機能で生きているわけです。もう一つの自分は、この反射的な防衛反応を制御する自分です。卵が先か鶏が先かわかりませんが、とにかくヒトは戦闘能力(防衛力)が低いので、安全な環境を作るしか生きていく術はなかったわけです。つまり、ヒトはこの防衛反応を制御できる方向に進化し、大脳皮質を発達させたわけです。防衛反応を制御するために必要な環境は安全であるし、ヒトは安全という環境を得たために制御機能が進化したとも言えます。

そして多くの病は防衛反応を制御する神経学的抑制(主に大脳皮質による)の機能不全であるということができ、先天的にも後天的にもこの状況が病を引き起こします。発達(大人になる)とは、この大脳皮質機能が成熟することであり、老化とは、この大脳皮質機能が退行することであるわけです。この機能不全が起こりやすい状況を考えてみると、低年齢(未発達)、発達障害HSP扁桃体の過敏)、愛着障害(大脳皮質特に前頭前野が育たない)、PTSDなど強いストレス、そして短期的には疲労、眠気、飲酒、月経前症候群などがあります。

この機能不全を少しでも防止し軽快し治療するコツは「安全」であり、特に小児の健やかな育ちに対しては家庭内や学校内における安全(その子が安心できる環境)が必須です。そしてこの安心できる安全があってこそヒトは能力を存分に発揮できます。特に感受性が高く、さまざまな場面で不安や恐怖を感じやすいお子さんでは尚更です。ロシアのウクライナ進行をみると人類はもっともっと進化する余地があり、特に多くの社会を動かしているヒトたちこそ発達しないといけないのだと思います。私の主張したいことは、多様性の尊重は意識的でないと難しく「傷つけないこと」を強く意識しておかないといけなくて、更には子育てに最も重要なことも傷つけないことであり、あるがままの我が子を意図的に理解し尊重し安全の中に置くことです。