伊藤浩明先生を偲んで

あいち小児保健医療総合センターの 伊藤浩明先生 が、11月26日(水)にご逝去されました。
浩明(こうめい)先生は 3 年前に余命宣告を受けられた後も現場の第一線で活躍され、昨年は 第61回日本小児アレルギー学会学術大会の大会長として立派に大会を主催されました。

地域小児医療を牽引する存在として、そして日本の小児アレルギー診療の中心的リーダーとして、亡くなられる 1 週間前まで仕事に全力を尽くされていました。
実際、あいち小児には亡くなる 6 日前まで出勤され、2 週間前には愛知県医師会学校保健部会の Zoom 会議でもお元気な様子を拝見したばかりでした。

 

あいち小児をともに立ち上げた日々

今年 3 月には、あいち小児の初代センター長である 長嶋正實先生による桜の植樹祭があり、浩明先生にお誘いいただきました。
そのとき先生は、「いつまで寿命があるかわからない」と静かに語りながら、
来年 25 周年を迎えるあいち小児の未来を心から案じておられました。

2000 年、県庁にいらした長嶋先生からお声がけをいただき、
2001 年 11 月の開院に向けて、同年 8 月から 私と浩明先生の二人で準備が始まりました。

名古屋大学名古屋市立大学の小児科が 一つの病院に共同で乗り入れるという歴史的な試み。
スタート当初、浩明先生は私に

「相棒が先生で良かった」
とおっしゃってくださいました。

私が 9 歳年上だったこともあり、うまく協力していけるか心配されていたのだと思います。

国立中部病院小児科から転院した患者さんを受け入れた 1 病棟から始まり、3 病棟、5 病棟へと病院は少しずつ大きくなりました。
ルール作り、教育体制、書類、業務フロー……
そのすべてを、先生と二人で議論しながら形にしていきました。

戦友であり、ライバルでもあり、そして最後はいつも浩明先生の“勝利”でした。

 

通夜で感じた、先生の「生ききった人生」

11月27日(金)の通夜に参加しました。
本当にあたたかく、素晴らしい集まりでした。

とりわけ、奥様の 美香さん のお話が胸に迫りました。
会場にいた皆さんが、浩明先生の
「3年間で自分の人生を最高のシナリオで締めくくられた」
その生き方に深く感動していました。

 

最後に

浩明先生、
本当にかっこいい医者人生でした。
みんな、心から尊敬しています。

ブラボー。

 

5つの論文と動的腎臓病学

 

  1. Uemura O. Kidney interstitial edema as the central pathophysiological mechanism of NSAKI: a call for reappraisal. Clin Kidney J. 2025;18(9):sfaf271.
  2. Uemura O. Detection of haematuria and proteinuria reflects injury to significantly different glomerular surface areas: a quantitative hypothesis. Clin Kidney J. 2025;18(8):sfaf245.
  3. Uemura O. Caution in interpreting anti-nephrin antibodies as causal in nephrotic syndrome. Kidney international. 2025;108(4):712-3.
  4. Uemura O. Biomarker kinetics reveal early underestimation of AKI severity by pRIFLE: a simulation-based study. Pediatric nephrology (Berlin, Germany). 2025.
  5. Majima H, Uemura O, Hattrori T, Fujita N, Ushijima K, Miyoshi M, et al. Coexistence of Intravascular Excess Fluid and Reduced Renal Blood Flow in the Acute Phase of Acute Post-Streptococcal Glomerulonephritis. Jma j. 2025;8(4):1234-9.

 

はじめに

上に紹介した5本の論文(4本は上村単著,1本は共著)は、テーマも対象疾患も異なりますが、共通して『腎臓病を静的ではなく、動的システムとして理解する』という視点でつながっています。血尿・蛋白尿,浮腫,AKI,ネフローゼ症候群といった臨床現象は、動的に理解する必要があります。

(1)NSAKI:腎間質浮腫が本質的病態である(CKJ 2025)(1)

NSAKI(Nephrotic Syndrome–Associated Acute Kidney Injury;ネフローゼ症候群関連急性腎障害) の本質は、腎間質浮腫による局所圧上昇と微小循環障害にあります。被膜に包まれた腎臓は膨張できず、間質に水が溜まると局所的コンパートメント症候群のように血流が圧迫されます。『血管内溢水と腎虚血が同時に起こる』という臨床現象を力学的に説明する理論です。

(2)血尿と蛋白尿は必要な損傷面積が1000倍違う(CKJ 2025)(2)

血尿と蛋白尿を比較すると蛋白尿出現が重症化のサインであることを腎臓医は良く知っています.しかしそれは単なる検査の感度の問題です.どちらも腎臓の濾過障壁である三層構造(内皮,基底膜,上皮)が全層傷つかなければ血尿も蛋白尿出ませんが,その傷害面積の広さが違います。
必要な損傷面積:血尿 0.000004%/蛋白尿 0.004%(1000倍差)。
Alportで血尿が先行する理由、初期IgA腎症が顕微鏡的血尿だけである理由、顕微鏡的血尿だけの時期に生検組織の光学顕微鏡で異常が拾えない理由がここにあります。

(3)ネフリン抗体因果説への慎重な視点(KI 2025)(3)

抗ネフリン抗体は“原因”なのか“結果”なのか。因果推論の原則に沿って再検討した論文です。因果は,①時間的先行性,②関連があること,③バイアスが調整してあること,④臨床上で矛盾がないこと,の4つが示されて初めて証明されます.確実な時間的先行性がないこと(原因と結果が逆である可能性が否定できない),抗体の半減期ステロイド剤やrituximabの速い反応、FSGS再発の手術中発症など、抗体主因説での矛盾も含めて説明しました。

(4)pRIFLE がAKI重症度を初期に過小評価する理由(Pediatr Nephrol 2025)(4)

CrとCysCが新しいGFRに到達するまでの遅れ(t98)を定量化した研究です。基本的に1コンパートメントモデルで解析していますが,詳細はsupplementに記載しています.10歳児をモデルとしてGFR急低下(70→10ml/min)でも、Crはおよそ5日、CysCはおよそ3日かけて平衡に達します。したがって、急性期のpRIFLEは構造的に増悪期(初期)には腎機能障害を軽く評価してしまうという原理的問題を明確にしました。

(5)APSGN:循環血液量増加と腎血流低下が同時に存在していることの事実と理由(JMA Journal 2025)(5)

APSGN急性期ではBNP上昇(体液量増加)とFENa低値(腎血流低下)が共存します。これは矛盾ではなく、『内皮細胞傷害(浮腫)→ ERPF低下 → RAAS活性化 → Na再吸収亢進 → 循環量増加』という時間軸モデルで説明できます。APSGNは“prerenal AKIに近い動的病態”として理解されるべきであることを示しています。

5つの論文に共通するテーマは腎臓を動的システムとして理解する,つまり時間軸が非常に重要ということです.

『腎臓病を動的に理解すると、臨床で見える多くの矛盾が解決する可能性がある。』

 

【アクセスの仕方】

  1. Uemura O. Kidney interstitial edema as the central pathophysiological mechanism of NSAKI: a call for reappraisal. Clin Kidney J. 2025;18(9):sfaf271.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12461143/pdf/sfaf271.pdf
  2. Uemura O. Detection of haematuria and proteinuria reflects injury to significantly different glomerular surface areas: a quantitative hypothesis. Clin Kidney J. 2025;18(8):sfaf245.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12375914/pdf/sfaf245.pd
  3. Uemura O. Caution in interpreting anti-nephrin antibodies as causal in nephrotic syndrome. Kidney international. 2025;108(4):712-3.
    アクセスはできません.PDFの希望があれば上村までメールをください.
  4. Uemura O. Biomarker kinetics reveal early underestimation of AKI severity by pRIFLE: a simulation-based study. Pediatric nephrology (Berlin, Germany). 2025.
    https://rdcu.be/ePM2y
    このリンクで読むことはできます.プリントアウトはできません.PDFの希望があれば上村までメールをください.
  5. Majima H, Uemura O, Hattrori T, Fujita N, Ushijima K, Miyoshi M, et al. Coexistence of Intravascular Excess Fluid and Reduced Renal Blood Flow in the Acute Phase of Acute Post-Streptococcal Glomerulonephritis. Jma j. 2025;8(4):1234-9.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12598200/
    PDFにアクセスできます.

糸球体の三層構造と赤血球尿・蛋白尿

1.糸球体の三層構造

 

糸球体の三層構造(glomerular filtration barrier)は、血液から尿細管へのろ過が行われる「フィルター」の役割を担う重要な構造です.

① 内皮細胞層(glomerular endothelial cells)

  • 構造:血管の内腔に面した細胞で、多数の小孔(fenestration、窓,約70–100 nm)があります。
  • 特徴:これらの小孔により、水分や小分子は通過できますが、血球(赤血球や白血球など)は通過できません。ちなみに赤血球サイズは直径7500nmで,応形能があるので3000nmくらいは通過できますが,構造破綻がないと内皮細胞層は通れません.
  • 役割:血液成分の初期的なふるい分け。陰性荷電(グリコカリックス)により陰性のタンパク質の通過を抑制します。

② 糸球体基底膜(glomerular basement membrane, GBM

  • 構造:内皮細胞と足細胞(上皮細胞)の間に存在する厚い基底膜で、ラミニン、Ⅳ型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどから成る三層構造です。Lamina rara internaの陰性荷電は内皮細胞が作り,Lamina densaはサイズバリア,Lamina rara externaの陰性荷電は上皮細胞が作ります.
  • 厚さ:成人で約300–350 nm、小児ではこれより薄いです。
  • 特徴:分子量と電荷の両方に基づくバリア。陰性荷電でアルブミンなどの陰性分子の通過を防ぎます。サイズバリアの機能もあり4nm程度です.ちなみにアルブミンサイズは3.5~3.8nmです.
  • 役割:大きな分子(タンパク質など)について選択的に通過を防ぎます。

③ 足細胞層とスリット膜(podocyte foot processes and slit diaphragm)

  • 構造:足細胞の突起(foot process)同士が絡み合い、その間にスリット膜(slit diaphragm)が張られています。
  • スリット膜の主成分:ネフリン(nephrin)、ポドシン(podocin)など。
  • 特徴:分子ふるいの最終段階で、細いフィルターとして機能。サイズバリアの機能としては4~8nm程度です.基底膜よりは弱いですが陰性荷電を持っています
  • 役割:最も選択性の高いバリアで、アルブミンなどの高分子の通過を制限。

 

2.糸球体性赤血球尿や蛋白尿が起こるには

 

こう考えると,まず内皮細胞傷害がなければ赤血球尿は起こらず,もちろん他の2層(基底膜とスリット膜)の障害がなければ赤血球尿が起きないこともわかります.蛋白尿は基底膜とスリット膜に障害がないと起きないことになります.

  • 腎臓の寿命(三層構造の寿命)
    自分は72歳になりeGFRは58とかで,CKDステージ3です.尿蛋白はありません.少し低めですが大きく正常から逸脱していることはなさそうです.三層構造でもおそらく基底膜が特に腎寿命に影響していそうです.きっと血圧(糸球体内圧)による圧損傷にずっとさらされ,少しずつ基底膜が壊れていくことが自然経過になりそうです.
  • 菲薄基底膜病(TBMD)は何故赤血球尿が起こっているのでしょうか
    もともとは基底膜のめが粗いから漏れ出るのだと言われていました.しかし上で説明したように,基底膜のサイズバリアは4nm,赤血球は応形しても3000nmなのでとてもばかげた説明でした.だいたい三層構造全てが傷害されていないと糸球体性血尿は起きません.まず最も大きな穴である内皮細胞層ですらインタクトだと通れません.
    ちなみに,TBMDも新生児期には見つからず,3歳検尿では見つかることもあります.きっと発見率は高学年になるほど上がりそうです.これはTBMDの自然経過を示しています.基底膜のめが粗いから漏れ出るのであれば,こういうことは起きません.この経過はTBMDの腎臓の寿命を表しているのだと思います.
    TBMDは正常人より圧損傷に弱いので,きっと速度が速く基底膜が壊れます.基底膜が壊れたところは,構造破壊が起こり内皮細胞層も上皮細胞・スリット膜も障害されるのだと思います.
    赤血球が50個/cmm出るのは糸球体の全面積のどのくらいがダメージを受けているのでしょうか.赤血球数は500万/cmmです.例えばRBF:1500L/day,RPF:750L/day,GFR150L/day,一日尿量5L/day.一日に基底膜のめが粗いから漏れ出る濾過面にぶつかる赤血球数は…
    500万×1500×1000000×150÷750=1500000000000000個
    これが全部尿に出ると,
    1500000000000000個÷(1.5×1000000)=1000000000個/cmm
    つまり50÷1000000000=1/20000000です.ということは尿異常が1+程度出たとしても,糸球体全表面積の1/20000000に三層構造障害が起きているわけですが,とても腎生検で見つかるわけないですよね.
    では,その時点で三層構造障害が起きているのに尿蛋白は何故見つからないのでしょうか? 血液のアルブミンを5g/dL(5000mg/ dL)と考えます.赤血球が血液500万/cmmから50個/cmm出る状況を考えると,同じ糸球体全表面積の1/20000000に三層構造障害が起きたとしても尿蛋白は…
    5000×50÷500万=0.05mg/dLとなり簡単には引っ掛かりません.
    例えば尿±程度つまり10mg/dL程度になるには…
    20000000×0.05÷10=100000,つまり糸球体全表面積の1/100000に三層構造障害が起きれば尿蛋白がわずかに出ることになります.尿蛋白が100mg/dLくらいになれば,糸球体全表面積の1/10000に三層構造障害に障害が見つかることになり腎生検でも三層構造にわずかな損傷が見つかるかもしれません.
    TBMDが基底膜病であるにもかかわらず,蛋白尿ではなく赤血球尿で見つかる理由や,腎生検で菲薄基底膜以外に所見がない理由,そして人生全体を通して腎障害が進行していくことが分かっていただけると思います.
  • 溶連菌感染後急性糸球体腎炎(APSGN)の赤血球尿
    APSGNの病理は管内増殖性急性糸球体腎炎で,内皮細胞傷害が主体です.しかしそれだけでは赤血球尿は起こらないので,“腎外症候性急性糸球体腎炎”になります.多くはこの状態で気づかれずに終わっているのかもしれません.この病名も良くないですよね.腎内に高血圧や糸球体濾過量の低下の源があるわけですから.
    赤血球尿が起こるには部分的であっても三層全てに傷害がないとなりません.

“増補版;抗ネフリン抗体が特発性ネフローゼ症候群の原因である”はとても納得できない。

前回,まだ“抗ネフリン抗体が特発性ネフローゼ症候群の原因である”は確定していないことを説明しました.

今,第60回の日本小児腎臓病学会をやっています.そこで東京大学が報告した抗ネフリン抗体陽性の症例報告があり,血漿交換,リツキシマブ,MMFを使用して寛解に入ったとのことでした.初回PE後に抗ネフリン抗体は正常化しましたが,PE6回後に抗ネフリン抗体は再上昇してPE前と同レベルに上昇していましたが寛解状態でした.つまり,抗ネフリン抗体の多寡が病状に影響していないように見えました.また,この症例では抗ポドシン抗体も高値であり,病状には抗ポドシン抗体のほうが合致していそうでした.もしも抗ネフリン抗体が原因だとしたら抗ポドシン抗体は二次的上昇であり,逆に抗ポドシン抗体が原因だとしたら抗ネフリン抗体は二次的上昇です.

抗ネフリン抗体と抗ポドシン抗体が同時に上昇していることを考えると,別の理由でスリット膜が傷つき感作されてどちらも二次的上昇したと考えるほうが自然なように思います.

リツキシマブが有効なので,抗体病ではないかという発想になるのだと思いますが,B細胞は単なる抗体産生細胞ではありません.B細胞の機能を列記すると….リツキシマブが有効だからと言って必ずしも抗体病とは限りません.

  1. 抗体産生
  2. 抗原提示
    食細胞の一種であり,MHCクラスIIを介してCD4+(ヘルパー)T細胞に抗原提示する.
  3. サイトカイン産生
  4. 免疫記憶
    などなど

“抗ネフリン抗体が特発性ネフローゼ症候群の原因である”はとても納得できない。

“抗ネフリン抗体が特発性ネフローゼ症候群の原因である”はとても納得できない。

 

「因果がある」は,「関連がある」とは二次元と三次元くらい大きく次元の異なる事象です.「因果がある」の条件は…

  1. 関連がある
  2. 時間的先行性がある
  3. バイアスを調整されている
  4. 臨床的に納得できる

で,これらが成立してはじめて「因果がある」と主張できます.AとBが関連があるや相関があることを証明しただけで,AはBに影響しているなどと決して表現しないでください.

 

今回日本小児科学会学術集会が名古屋であって、ネフローゼ関連のシンポジウムがあり、“抗ネフリン抗体が特発性ネフローゼ症候群の原因である”があたかも事実であるかのような雰囲気でした。おそらく事実であると考える根拠は以下の通りです。

  • 抗ネフリン抗体の存在: 複数の研究で特発性ネフローゼ症候群患者の血中から抗ネフリン抗体が検出されていること。(⇒関連がある)
  • 実験的証拠: 一部の動物モデルでは、抗ネフリン抗体を投与すると特発性ネフローゼ症候群様の病態が再現されることが報告されていること。(⇒時間的先行性)
  • 治療反応性の解釈: ステロイドによる迅速な寛解は、抗ネフリン抗体の産生抑制による可能性(⇒臨床的納得)。

 

私が納得できない理由をいくつか述べてみます。

  1. 因果が逆の可能性はどうでしょうか。
    もしも別に根本的な原因があると仮定して、ネフローゼ状態となったとします。「免疫特権的部位」で守られていたネフリンは足細胞や架橋構造の傷つきとともに抗原が露出され抗原提示細胞に取り込まれて免疫が成立して自己抗体(抗ネフリン抗体)の産生がおこります。抗ネフリン抗体は病態増悪(例えばFSGSへの進行)につながる可能性はあると思います。例えば実験動物での状況は、二次病態を想定すれば説明がつきます。
  2. 臨床上納得できない理由1
    ネフローゼ症候群が再発するとステロイドを再開、または増量しますが、完解に入るまでの期間は短いと数日で2週間以上かかると反応が悪いと考えます。ちなみにIgG抗体の半減期は3週間です。数日で完解するという状況は抗体病であることとずれがあると思います。
  3. 臨床上納得できない理由2
    FSGSが移植腎再発するときに、血管吻合後の手術中に(1時間以内に)すでに再発するなど移植後早期に再発することを多く経験します。レシピエントの流血中に抗ネフリン抗体があったとして、そんなに早く再発してくることを説明できる病態を思いつきません。
  4. 少なくともIgG免疫複合体病ではない。
    IgG免疫複合体病は基本補体が絡みます。特発性ネフローゼ症候群で血中補体が下がったり、補体が優位に腎組織に染まったりということはないので、一般的なIgG免疫複合体病ではないと思います。特殊なIgGであったりするのでしょうか?
  5. もしもⅡ型アレルギーだとして….
    これは抗体が細胞表面に結合した後に,補体依存性細胞障害や抗体依存性細胞障害が起こること機序です.上記したように補体が主役という可能性は少ないです.とすると抗体依存性細胞障害ということになり,抗体のオプソニン作用で貪食細胞によってやっつけられるわけですが.これなら短時間に移植腎再発が起こることも説明できるかもしれませんが,1時間後再発を説明できるでしょうか.
  6. V型アレルギーはどうか
    Ⅱ型アレルギーの亜型で,抗受容体抗体が受容体の機能を亢進させたり,低下させたりします.標的細胞のホルモン受容体に抗受容体抗体が結合して,Ⅱ型とは違って標的細胞は破壊されず,抗受容体抗体が,ホルモンの作用をブロックしたり,リガンド用作用を呈します.バセドウ病では,甲状腺ホルモン受容体に対する抗体が,甲状腺機能を亢進させます.ただネフリン抗体は受容体ではありません。
  7. ネフリン抗体陽性者は全例ではない
    これは恐らくネフリン以外のスリット膜構成蛋白に対する抗体を考えているのだと思いますが…。抗体病のターゲット(エピトープ)はいろいろあるということで説明できるのだと思います。

 

以上から、“抗ネフリン抗体が特発性ネフローゼ症候群の原因である”はとても納得できず、“二次的に(結果として)抗ネフリン抗体が産生され、病態増悪に関連する”ならば納得できると思います。

 

まとめると、

  • 抗ネフリン抗体は、INSの一部で検出される
  • しかし、因果関係は未確立(“原因”ではなく“結果”の可能性)
  • 臨床の時間スケール・免疫病理とは矛盾も多い
  • 我々は、仮説に飛びつかず、冷静に病態を理解する姿勢が必要

医療安全とは何なのか?

高校時代,数学は得意科目の一つだったのですが,三角関数を学んだ時に“今回はさらに良い点を取ろう”とチャート式に載っていた何十個もの公式を頑張ってすべて覚えました.どれだけ良い点が取れるかと自分に期待して定期試験を受けたのですがさっぱりで,それまでになく低い点でした.問題を読むごとにどの公式に当てはまるかを考えましたが,それまでの自分の解き方とは大きく異なり問題を理解し判断して解くのではなく記憶に頼ったわけです.これは以降の自分の人生に大きく影響したイベントでした.「記憶や情報過多は思考を停止させる」が重要で,今も記憶は書物に任せておけばよいと私は思っています.記憶は過去で,思考は現在と未来という感覚で71歳まで生きてきました.

21世紀に入り,もともとはトヨタ自動車の工場管理法が医療の世界に入ってきて,医療事故防止システムを作ろうという活動が日本に逆輸入されました.「ミスを犯した個人を責めるよりミスを犯さないシステムづくりの重要性」が説かれ,“人間は誰でも間違えるが.間違いを防ぐことはできる”という発想で日本の医療の中に浸透していきました.日常経験しているヒヤリ・ハット体験は同じ体験をかなり多くの人が経験しており,こうした経験を「インシデント報告」として収集し.全員で共有することはヒューマンエラーの防止に重要な役割を果たすという考えです.

医療法,診療報酬上,全国の病院で医療安全のシステムは作られました.はじまった時の感覚は,「こんなことで本当に重大医療事故は減るのだろうか」,「相手は人なのにトヨタ工場の考え方を取り入れてよいのだろうか」,「ダブルチェックよりシングルチェックのほうが責任感を持って動くのではないか」,「ヒヤリハットやインシデントの分析はもちろん重要だがこれは過去で,予測不能で応用問題ばかりの未来の臨床の重大事故を減らせるのだろうか」などなどでした.看護師はマニュアルを作ったり,インシデントレポートを書いたりする時間は増えて,ダブルチェックで時間はとられてベッドサイドの時間は本当に減ってしまったなというのが正直な感覚でした.スタッフはヒヤリハットやインシデントの分析をする十分な時間はなく,過去の情報が無駄に蓄積されていきます.自分のことで言うと三角関数の何十個もの公式が海馬に無駄に蓄積されている状況を思い浮かべてしまいます.

医療安全対策のゴールは,“重大医療事故を減らすこと”にあります.厚労省は2000年以降重大医療事故が減ってきているという事実を明確に公表する義務があります.施策が有効だったかどうかを教えてもらう権利があるように思います.ダブルチェックをすることよりも,インシデントレポートを書くよりも,その時間を患者のベッドサイドに寄り添い観察し会話に花を咲かせるほうが,重大医療事故を防げるように思いますが,どう思いますか?

安全に限らず,私の部屋には多くのマニュアル類が,ほとんど開かれることもなく鎮座しています.自分が作ったものもあるし,時には役にたつこともあります.しかし,現場のスタッフは,山の様にある手順書にうんざりしているし,多くはあまり役に立たず,作業を遅らせ,患者のそばに行くことを妨げられています.手順を遵守するだけではアクシデントは防げません.医療は過去ではなく現在~未来であり,手順通りにはいかず応用がいつも発生し,手順書があるばかりに遵守しておけばよいと満足し,それ以上は思考ストップしてしまうことがおこります.手順書重視の思考パターンを変えて,その場に適応し柔軟性を持ち,過去の知識から予見して行動すること,そしてチームとしてコミュニケーション障害とならないようにすることが重要で,そのためにも仕事を効率化して時間にも気持ちにも余裕を持つことが重要であると思います.

そして人は失敗体験よりも,成功体験を公表することに積極的であり,なぜその行動が成功に導いたか,あるいは事故を未然に防いだかを報告すると,その中には適応し柔軟性を持って対応したこと,過去の知識から予見して行動したこと,そしてチームとしてコミュニケーションが円滑であったことなどが引き出されてくるのだと思います.

ちなみに今私はCOVID-19感染に苦しんでおり,暇に任せて霞のかかった頭でブログを書いています.

重症心身障害ワンポイントレッスン(2) 排尿障害

  1. 排尿機構の発達
    なぜ子どもがおもらしをするのでしょうか?
    下に2枚の絵を載せました。図1が「おとな膀胱」で,図2が「あかちゃん膀胱」です。まず「おとな膀胱」をもつ成人の排尿行動について考えてみます。膀胱に尿がたまると、その情報はまず脊髄の神経核に伝わり、そこからリレーして大脳皮質に伝わり、尿意として認識されます。大脳皮質では尿意に基づいて「どのタイミングでトイレに行くか? どこのトイレに行くか? どのルートで行くか? 急いで早歩きで行くべきか? トイレのどの便器で排尿しようか?」など、さまざまな環境要因とやり取りします。結果、適切な時間に適切なトイレを選択し、目的とする便器に到達したら衣服を下げ、「さあ、おしっこしよう」となるわけで、その大脳の指令は先ほどと逆方向のリレーで脊髄から膀胱排尿筋と尿道括約筋に伝わって排尿が起こります。
    つぎに、あかちゃん膀胱の場合を説明します。膀胱におしっこがたまると、おとなの場合と同じように、まず脊髄の神経核に情報が伝わります。ただし、その先には大脳皮質との連携がなく、その場で反射のループが起こり、尿意も感じないままに膀胱排尿筋と尿道括約筋に刺激が伝わって排尿が起こります。……このメカニズムは「膝蓋腱反射」と同じです。
    あかちゃん膀胱からおとな膀胱への移行は発達につれてすこしずつ進みます。完全に移行するのは一般的に3〜4歳頃と言われています。つまり成人のみなさんの多くが日常行っている排尿様式を確実に実行できるようになるのは、早くても三歳以降ということです。発達の逆の老化は、大脳皮質のコントロールが効かなくなり、「あかちゃん膀胱」に戻っていっておもらしが始まります。このコントロールが効かない状況を「過活動膀胱」と呼びます。あかちゃんも、おじいちゃんおばあちゃんも生理的過活動膀胱です。

  2. 多くの重症心身障害児者の排尿
    多くの重症心身障害児者は大脳皮質にダメージを受けています。脊髄にダメージがあることは少ないので、あかちゃんや老人と同じで「あかちゃん膀胱(過活動膀胱)」の状態であることが多く、意図に反して膀胱が充満すると勝手に反射的に排尿します。図2の状態です。これは年寄りの過活動膀胱も同じです。このような排尿は、オムツを必要としますし、わずかに尿路感染の頻度は増えるかもしれませんが、基本的に腎臓にダメージを与えることはありません。このような場合に排尿間隔があく場合の多くは尿量が少ないわけで、脱水気味のことが多いです。水分を与えることで尿は出てくると思います。導尿してはいけないわけではないのですが、必要のないことが多いです。絶対にいけないのは利尿剤を使うことです。尿は出ると思いますが、脱水気味だったわけですから更に脱水になってしまいます。

  3. 脊髄以下にダメージのある場合
    図3の状態です。脊髄までの反射弓が働いていません。このような状況を狭義の神経因性膀胱(脊髄から膀胱に至るまでの末梢神経の障害)と言います。この場合は膀胱内が高圧となり、腎臓を傷め、尿路感染も起こしやすくなります。何らかの尿路ケアが必要となります。重症心身障害のごく一部にこのような患者がいますが、殆どは違います。

  4. 狭義の神経因性膀胱に対する介入
    多くは膀胱内が高圧となるので排尿させて減圧が必要です。
    (1) 圧迫排尿×
    下腹部の膀胱にあたる部分を外から手で圧迫することで排尿させる方法ですが、膀胱内が高圧になって腎障害につながるので、やってはいけません。
    (2) 持続導尿×
    急性期に使用されますが、慢性的な管理には不向きです。持続導尿を続けると膀胱は合目的的に小さくなります。そうすると導尿をやめた時にあっという間に充満し高圧となります。ずっとカテーテルが入っているので感染も起こします。腎機能も悪くなってしまいます。もしもやるとしたら、夜間だけ持続導尿をして、昼間は下記のCICをやる方法です。
    (3) 清潔間欠的自己導尿(CIC)
    処置(医療的ケア)としては唯一正しいやり方です。膀胱容量に合わせて、一日の中の回数を決めます。オムツに漏れるようなら回数を増やすべきです。
    (4) 外科的方法
    膀胱皮膚瘻:膀胱と皮膚に適切な大きさの穴をあけて、ある程度の膀胱内圧になったらその穴から自然に排泄されるようにします。穴の大きさなど外科医に手技的な熟練が必要です。膀胱カテーテル瘻と違って膀胱が小さくならないようにできます。腎傷害も起きにくいし、感染も起きにくいです。
    (5) 薬物療法
    膀胱を柔らかくする(コンプライアンスを上げる)ための治療薬があり、腎臓を保護してくれます。代表的なものは抗コリン剤という種類の薬で、ポラキス®バップフォー®、ベシケア®などがありますが、欠点として不整脈(QT延長による)を引き起こす可能性があります。失神などを起こす可能性があるので、投与前に心電図をとっておくのが良いかなと思います。

  5. 利尿剤の使用
    尿量減少の場合,なぜ尿量が減少したかを考えなくてはいけません.尿量減少の最多の理由は,腎血流の低下であり,その最大の理由は循環血漿量の減少(脱水)です.この状態で利尿薬を使用すると更なる血管内脱水を助長することになり,腎障害をはじめとした臓器障害を引き起こす可能性があります.ループ利尿剤を使用する正当な理由は,細胞外液量(特に血管内液量)の過剰であり,決して尿量減少ではありません.

これらを考えながら、重症心身障害の排尿障害への対応を適切に行いましょう。

成人膀胱

赤ちゃん膀胱

脊髄損傷膀胱