子育てー小児発達外来を始めて1年ー

一宮医療療育センターで小児発達外来を始めて1年が経ちました.

1年間に学んだこと,感じたことを整理してみたいと思います.

自閉スペクトラム症ASD)を説明するためのキーワードは,1.不安・恐怖,2.不器用,だと思いました.それぞれを個別に,また絡ませながら説明したいと思います.

この内容はASDの児だけでなく,きっとすべての子育てをするお母さんにも役立つと思います.

 

  1. 不安・恐怖

    周りからは不適切と思われ,叱られてしまうような様々な行動も,本人の心の中は不安や恐怖でいっぱいです.叱らなくてはいけない場面もあると思いますが,本来するべき対応は優しく抱きしめて「怖かったね」と声掛けすることです.
    不安・恐怖を感じる中枢は脳の深い部分にあり古い脳である扁桃体で,この私たちの意志が及ばない部位に不安の中枢があります.不安・恐怖はなぜ必要なのでしょうか? これは痛みといっしょで,動物が生きるために必要なものです.不安・恐怖を感じたら,逃げなくてはいけないかもしれないし,戦わなくてはいけないかもしれません.不安や恐怖を感じて即座に対応できる動物が生き残るのです.しかし,人間はそうでなくても生き残れる安全な世界を築いたので,生き残り(進化)にその能力は不要となりました.ただし,きっと格闘家や兵士にとっては重要な能力なのでしょう.不安・恐怖を感じた時の反射的な反応はパニックと呼ばれます.パニックは,突発的な不安や恐怖によっておこる混乱した心理状態と定義されますが,むしろ原始的な反射に近いもので反射が身体的ではなく心理的なものであると言ったほうが良いのかもしれません.兵士にとっては瞬間的に不安・恐怖を感じるから行動が起こり生き残ることができるわけですし,野生の動物にとっても同様です.

    パニックをイメージするのに役立つように,お母さんに以下のような話を良くします.
    「お母さんは山の中を一人で歩いていて周りに人は全くいません.少し離れた道に熊が現れました.どうしますか?」,『逃げます』.
    「では,熊が目の前に現れました.どうしましょうか?」,うーん,としばらく考えながら,『固まってしまいます』.
    「では,もう一つ.熊はお母さんに襲い掛かりました」,『何もできないな~』,「食べられるままですか?」,『やっぱり抵抗するかな』.
    この3つが不安や恐怖でパニック状態にある時に人間(動物)がとる行動です.つまり,①逃げる,②固まる,③闘う,の3つです.
    これらは,大脳でじっくり考えて冷静に反応するというものではなく反射に近いもので,その中枢は大脳辺縁系扁桃体です.ここから指令が、脳幹部の青斑核など自律神経の中枢に伝わり、ノルアドレナリンが分泌されて、血圧を高め、心拍数を上げます.前頭前野は,扁桃体の不安・恐怖を制御する方向に働きます.

    聴覚過敏を持つ子のお母さんによくするお話
    生まれたての赤ちゃんは,自分が人間であることも,どんな時代に生まれてきたかも,現代の人間社会が基本的に安全であることも知りません.その新生児は家に帰り初めて掃除機の騒音を聴きました.自分は鹿かもしれないし,この雄叫びは自分を食べてしまうライオンかもしれないわけで,扁桃体に入ってきた情報で大きな恐怖を感じ泣き叫びます.しかし,この騒音が連日聴こえてきても,何も危険なことは起こらず,いっしょにお母さんの優しい声が聞こえてきます.少しずつ学習して(慣れて),そのうちに泣くこともなくなってしまいます.しかしASDの子どもたちは慣れることに不器用で,慣れるまでに時間がかかります.だからまだ不安や恐怖を感じているのですね.

    非常に強い人見知りがある子,知らない人に近づくことを嫌がる子のお母さんへのお話
    知らない人に初めて出会うことは大人でも緊張します.大人はその人はどんな人だろうか,優しい人かな怖い人かな,仲良くできるかな等と考えます.その子たちにとっては,新たな人と接すると何をやられるかわからない,何が起こるかわからないという不安や恐怖が募ります.そのために起こる逃げる,固まるといった行動がパニック状態だと思います.この時も本人は不安・恐怖を持っているので,少なくともご両親はそのことを理解してあげて,近づくこと・やりとりすることを強いて子どもを傷つけないようにしましょう.
    人との距離が非常に近い子のお母さんへのお話
    知らない人でも近づいて行って挨拶するなどの行動は,相手に嫌な思いをさせないかと親は冷や冷やします.(そういう子も,他人から距離を縮められることは嫌がることが多いです) 普通に大人が経験することで近い状況は,何人かで会話中の長い沈黙とかではないでしょうか.ついつい不安になり,どうでもよいこと・不必要なことをしゃべりだしたりしてしまいます.子どものこのような距離の近い行動も本人は何らかの不安・恐怖を感じていて,彼らなりに不安と闘っている,あるいは自分は仲間だから何もしないでねと言っているのかもしれません.ただし,パニックは反射的に起こることなので何故かは本人にもわからないと思います.

    変化を嫌い,こだわりの強い子のお母さんへのお話
    新しい環境や初めて顔を合わせる人などは大人でも不安なものですが,この子たちは新しい環境が安全な場所であるということに慣れることに不器用で時間がかかります.いつも同じ服でなくてはいけなかったり,ズボンは嫌でスカートしか穿かなかったりする子もいます.このような場合は,子どもたちは今からいつもと違うことが起きるのではないかと不安になります.このような場合も,逃げたり固まったり闘ったりします.様々なこだわりを無理矢理やめさせようとすることは子どもたちを傷つけます.

    不適切な行動を叱らなくて良いのかという質問に対して
    叱る時の基準は,①本人に危険のある時,②周囲の人に危険のある時,③大人になってやったら犯罪的だなと感じる時(例えばみんなの集まりで裸になって踊る)だと思います.この子たちの苦手なことの一つが重みづけです.絶対にいけないことを叱っても,どっちでもよいかなと思うようなことで叱っても,どちらも同等に響きます.たくさん叱る場面があるとどうしたらよいかわからなくなってしまいます.たまに注意するから,やってはいけないことが理解できるのです.だから,お母さんが腹立たしいことが起きても数秒待って,本当に注意すべきことかどうかを考え,必要ならば冷静に注意しましょう.注意が染みつくには時間がかかるので同じような場面で繰り返し冷静に注意しましょう.

    ここまで述べてきたように不適切な行動を起こすときの本人の心中は不安・恐怖であるという親の理解が重要です.子犬がぶるぶる震えていたらどうしますか.このようなときにやってあげなくてはいけないのは優しく抱いて「怖くないよ」と言ってあげることです.このことはまた後述しますが,子どもたちの自尊感情を育てることに役立ちます.もちろん,叱る基準に当てはまる時は,しっかり注意してからにしてください.

  2. 不器用

    この子たちは様々な点で不器用です.
    周りの人たちと円滑にコミュニケーションをとること,適切な距離を保つことに不器用です.
    不安・恐怖を与えるような感覚(音,におい,触れた感覚など)に慣れることに不器用です.
    新しい環境,新しい人,何らかの変化に慣れることに不器用です.
    大きな運動(体幹,上肢,下肢を使う運動)や細かい運動(指先を使うような運動)が不器用です.
    車の運転なども苦手であるかもしれません.車の運転は複雑です.周りの車,人の動き,街の構造,信号,横断歩道,道路標識などヤマのような視覚情報,救急車の音,子どもの声,バイクの音などの聴覚情報などの感覚情報を瞬時に判断して,ハンドル操作,アクセル操作,ブレーキ操作等々を瞬時に行います.このように多くの感覚を統合して重み付け(例えば多くの情報から左から飛び出してきそうな幼児の情報が一番重要と判断)をして次の行動を決定するということには大きく器用さが絡みます.
    感覚統合訓練は,運動面の不器用さ(発達性協調運動障害)を軽減するための手法ですが,運動だけではなく上記した様々な不器用さに効果があることを期待して行います.

  3. 言葉とパニック

    英語の苦手なお母さんを,日本人の全くいないニューヨークの街で1ヵ月間一人にした時を考えてみましょう.生活場所と生活資金は渡しておきます.お母さんはお腹がすき,リンゴを食べたくなりました.見つけておいた市場に出かけました.店員Aさんが近づいてきて流ちょうな英語で声をかけます.さっぱりわからないのでほしいものを“アップル”と言ってみましたが全く通じません.繰り返しているうちに店員Aさんは呆れた顔をして離れていきました.お母さんは悲しくなるし,情けなくなるし,不安になるし,どうしてよいかわかりません.腹も立ってきました.いわゆる“パニック”です.そこへ別の店員Bさんがやってきました.”Apple?”, “Orange?”, “Grape?”と発音してくれますがやっぱりわかりません.そして奥に入り10種類の果物を箱に詰めて戻ってきてお母さんに見せてくれました.中にリンゴがあったのでお母さんは喜んで指差し,指で3を示して3つほしいことを伝え,買い物を完結することができました.しかも店員Bさんは”Apple”の発音も丁寧に教えてくれました.その後お母さんはこの店を訪れるようになり,店員Bさんと仲良く会話するようになり,1ヵ月後には片言の英語をしゃべるようになりました.
    ここには2つのポイントがあります.コミュニケーションは言葉以外にもいろいろ方法があり,やり取りができるようになることで,コミュニケーションは楽しいものだと感じてもらえるようになるということです.言葉はコミュニケーションの一つの道具でしかありません.例えば,百人一首をすべて覚えている幼児がいたとして,おそらく意味は十分には分かっていないので,ゲーム的には有りですが,コミュニケーションを楽しむために言葉があるという本質を分かってもらうこととはかけ離れてしまいます.もう一つのポイントは,その人の理解できる範囲よりわずかに高いことを学ぶことが学習のポイントでありコツであるということです.次の項でもそのことを説明します.
    その前に,言葉の苦手な子どもたちに対する対応をお話しします.お母さんとのコミュニケーションが不完全で,お母さんの言うことが分からない,本人の言うことをお母さんが理解してくれないという状況が起こると,彼らは不安になりパニックになったり中でも癇癪になったりする子もあります.その時のコツは先ほどの市場の店員Bさんの対応です.本人が二語文しかしゃべらないとします.その子に十分に伝えることのできる文章はせいぜい三語文までです.お母さんがしっかり伝えたいときは二語文を中心にせいぜい三語分までにしましょう.彼らの言っていることが分からない場合は,視覚を利用し(果物を箱に詰めてくる),できるだけ具体的に選択肢を上げたりすることです.もしもわからなくてもお母さんが一生懸命理解しようとしていることは伝わります.一見お母さんが言っていることが分かっているように見えても不完全であることも非常に多いです.突然離席してお母さんに近づいてくるような場合は,先生の言っていることが分からない可能性があります.また,子どもたちはどこかで,“なんで”,“どうして”と聞くようになります.物事に理由があることを理解し理由が気になるようになったからです.しかしそのような行動をまだしない子どもたちにとっては,まだ理由は重要ではありません.大人はついつい,“……だから……ということになるのだから,……しなきゃダメじゃない”などと長い文章でしゃべりがちです.理由を聞いているうちにお母さんが伝えなきゃいけないことは彼らにはわからなくなってしまいます.そのような時期には理由を抜いてお母さんが伝えたいことを端的に伝えてください.

  4. 授業中の態度

    お母さんを,大学の物理学の講義に1学期間出席してもらうことにしましょう.お母さんは物理が苦手です.毎日5時間講義を受けることになります.ところが黒板に書かれる内容もさっぱり理解できず,先生の話す内容もちんぷんかんぷんです.おそらくお母さんはプチパニックになり,ぼーっとしたり,漫画を読み始めたり,居眠りし始めたり,仲間とお話ししはじめたり,教室を抜け出してキャンパスで遊んだりするでしょう.周りから見ると,彼女はわんぱくでいたずら好きで困った学生のレッテルを張られます.似たようなことは小中学校の教室でも起こっています.さっぱりわからない授業を聞き続けることはだれにとっても苦痛なことです.決して彼女に問題があるわけではなく,このような講義を与えた大学側に問題があるわけです.繰り返しますが,その人の理解できる範囲よりわずかに高いことを学ぶことが学習・教育のポイントでありコツです.どんどん難しい課題を与えることは逆効果です.皆さんも成功体験が次に進むエネルギーになりますよね.

  5. 自尊感情

    自尊感情ASDの子どもたちを含めて,すべての子ども,すべての人たちが社会で健全に生きていくためには非常に大切な,“自分自身を価値ある者だと感じる感覚”です.“ありのままの自分を受け入れることのできる感覚”で自分を大切に思えるかということです.深層の自尊感情と,表層の自尊感情とがあると言われています.
    “深層の自尊感情”は,基底的で,幼児期から小児期早期(3歳前後までが重要と言われています)に主に両親との関係から育まれるもので,両親から、唯一無二のものとして愛され、何を犠牲にしてでも守られる、両親にとって何者にも代えがたい価値のある人間であると思われることにより育まれ、しかも壊れにくいもの剥がれにくいものです.人生全体を通しての人格を形作り,ストレス耐性を決める盾となるものです.
    対して,“表層の自尊感情”は,小児期後半から形作られるもので,友人・恋人から愛され、男性であれば外見的に男らしく体格が大きくなり魅力的になり、勉強やスポーツができるようになって他者から評価されることなどによって形作られるものですが、変化しやすく剥がれやすいものです.
    幼少期の両親の姿勢がいかに重要で,その子の人生を決めてしまう(良い学校に入るか出世するかという意味ではありません,社会で柔軟にしなやかに強く生きることができるか,しかも他者を尊重できるかどうかです)かをわかっていただけると思います.
    ASDの子どもたちは,様々な場面で自尊感情が育ちにくい環境があります.例えば園で,別の子どもが抱きついてきました.感覚に過敏のあるこの子は不安・恐怖を感じ,その子をどついてしまいました.周囲から見るとその行動は,乱暴でやんちゃでわんぱくに映るかもしれません.しかし,起こったことは不安や恐怖により反射的に起こった行動です.悪意はありませんでした.クマに襲われた大人が,クマを傷つけたとして動物愛護協会からバッシングを受けるということはありません.その別の子には謝ったうえで,本人には“怖かったね,心配いらないからね”と抱きしめてあげることが大人が本来必要な行為でしょう.しかし,厳しく叱られると彼らには大きなトラウマとなり,このようなトラウマが彼らに繰り返されます.
    園の中で,先生が消防車の絵を見せながら,救急車といいました.その児は“消防車だよ”と繰り返し修正しようとします.しかし先生はそのまま話を進めていきました.その児にとってはこの間違いを修正せずに通り過ぎてしまうことは許せないことで不安で仕方ありません.先生を責めるつもりはありません.このような場面でもこの児は傷ついてしまいます.彼らの最大の長所は“正直”です.空気を読むより正直であることがずっと優先されます.“正直”であった場面では彼らをほめてあげましょう.大人になった時の目標は,正直で素直であることです.空気を読むことが苦手であることは持続する彼らの特質であるかもしれませんが,正直で素直でかわいい人だねと評価を受けることは社会で生きていくためには重要なポイントです.素直であるためには,自尊感情が育っていることがすごく重要です.前出の園の先生に十分な自尊感情が育っていたらきっと“消防車”と“救急車”の言い間違いは“素直”に認めることができたはずですね.

 

是非とも,これらを子育てに生かしてもらえると嬉しいです.表面的にやり方を覚えることだけではあまり役に立ちません.動物の一つとしての人間の本質を理解して,子どもたちが楽しく有意義で傷つきの少ない人生を生きることができるようにお手伝いしてあげましょう.

 

文責:一宮医療療育センター 上村治